一炊の夢、一時間半の夢、通勤電車の夢。。@粟谷能の会
第83回 粟谷能の会
08年 3月 2日13:00~@国立能楽堂
1月に、
氷の神様のお能(氷室)、
翁と大和盆地の神様のお能(三輪)、を見てからというもの、
ずっとバタバタ、
先週の昼間の荷物もまだ残っていて週明け月曜を考えると気も重いけど、
お能らいしいお能も見てないし、
(じゃ、らしくないお能、を見てるわけでももちろんないんだけど)、
いつのまにか春になってきたし、
(先週の、です)日曜日ここはひとつ、千駄ヶ谷の能楽堂、いざ行かめやも。
(きっぷも買ってもらってたし←もったいない(笑))
邯鄲
盧生は一炊50年の夢、ワタシは1時間半の夢。
萬斎演じる宿の女あるじの扇がパンパン、で目が覚めた。
悄然とする舞台の盧生と、客席のワタシ。。
などという読み切られのオチは恥ずかしいので書きません(苦笑)
が、今回の舞台で(1週間たっても)まだことさら印象に残っているのは。。
その1
粟のごはんができるまで、邯鄲の宿屋の枕で見る一炊の夢。
夢での王宮の栄華を極めた舞の華やかさと喧騒から、一転、
戻ったうつつのなにもなさと静寂、とのへの対比。
さささささ、と切戸口から逃げるように退場していく夢のなかの君臣たちの後姿。
どうしてか?と(寝ないで)考えてみる(ほどのことでもないけど)。
この曲は、もちろん人生を悩み思索する盧生、というものが主題ではあるんだけど、
盧生と枕という素材を借りて、それとおなじくらい、ヒトの世の有為転変とその無常、
というものも練りこまれている、と(勝手に)思っているから、
思索+精神系でもあるけど、ワタシにとってはある意味社会+現実系でもあるこういう曲は、
見るこちらの心象や状態、想起してしまう能楽堂の外の世界の風景、
によってかなり印象はブレるんだろう、多分、いや間違いなく。
うつつのよしなしごとは、うつつなのか夢なのか、
当人もまわりも判然とされてないことが多いし、
みんな見切ったら逃げ足、速いもんな。
ってこれ以上書くとわけわかんないものがもっとわけわかんなくなるので、これはこのあたりで。
その2
まだ残る三つの??=あれはなんだったんだろう。
柱を握っての空オリ、
王宮の栄華の舞から一畳台に戻るときの一瞬の停止、
アイが盧生を送り出すときの、これまで聞いたことない詞章「また御参り候へや」
(だったと思うけど)=またきてね~
それぞれに舞台で演じるみなさんが、なんらかの意味を真摯に込めたもので、
それの解釈や是非を見所から、あれこれ推察したりとやかく言うのもそれはそれで意味はあろうけど、
間違いないのは先達の残した「大きな壁」と演者のみなさんが格闘していること、なんだろな。
見所のワタシも正直、昨年の友枝さんの邯鄲と隅田川、が(今風にいえば)ベンチマークとしてアタマに残っていた。
。。舞台も見所(の少なくともワタシ)も、「そういうもの」と取っ組みあっていたのかも、しれない。
夢から醒めて悄然とする盧生。
首から上、だけ見てると悄然とする盧生がそこにいたけど、
胸から下、はまだ「若かった」、ような印象がまだ残ってる。
「時間」、或いは「年輪」が解決するしかしようがないもの、というのがいくつかあるけど、
そのうちの一つなんだ、と思う。
だからこれからも、明生さんの能は見に行く。
鶯
主人に言いつけられて、自分の脇差と主人の太刀をカタに,
(恐らく)刺せもしない鶯を刺そうとして、案の定、果たせず嘆き佇む男。
見所に全方位にして、無数と無限の解釈と思索を「強要する」狂言。
あろうことか、万作の姿は目付柱に隠れて(全く(涙))見えなかったけど、
鶯を刺すまでの「明るい昼間」から、事果たせず嘆くときは「全くの黄昏」になっていた。
。。どこかで視たような風景。 ああ、そうだ、皆既日食、だ。目付柱が月。
隅田川
この曲の季節は「春」、とのこと。
だけど、このどうにも救いようのない絶望感と悲しさは、「春」の曲ではない。
いつ見ても、悲しい。
我が子を人買いにさらわれ、
その子を追い求め京から武蔵下総国境の隅田川までたどり着き、
狂女と嘲られながら乗った船から眺めるのはここで息絶えた我が子の大念仏の供養。
そんな風景なんて、600年を経た今は、舞台を通じてしか体感できない、絶対に。
悔しいというべきなのか、今のうたかたの「安寧」を、感謝すべきなのか。
昨年1月、(ベンチマーク)の印象があまりに強かったもんで、前半、沈んでしまいました。
これは、反省。
囃子方、
邯鄲も隅田川も、舞台の風景にあわせつつ、牽引もする。
よかったと思います。
(あまり本質的なことではないけど)大小、く拍子もよく合っていた、かと。
。。。
と、だらだらつまんないことに思いを巡らせていたら、誰かがワタシの肩を、ぱんぱん。
「お客さん、終点ですよぉ~。起きてくださ~い、カゴハラですよぉ~。」@車掌さん。。。
てなことは断じてない、この日(だけ)は。
って、すんません。1週間も引っ張ったのは、このオチをなんとしても入れたかったんです(ウソ)
(、って、どなたもウソとは思っていただけないか、やっぱり。。(苦笑))
能「邯鄲」 傘之出 喜多流
シテ 粟谷 明生
子方 狩野 祐一
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 工藤和哉、大日方寛、御厨誠吾、殿田謙吉、高井松男
アイ 野村 萬斎
笛 松田 弘之、小鼓 鵜沢 洋太郎、大鼓 柿原 弘和、太鼓 観世 元伯
狂言「鶯」 和泉流
シテ 野村 万作
アド 石田 幸雄
能「隅田川」 喜多流
シテ 粟谷 能夫
子方 内田 貴成
ワキ 森 常好
ワキツレ 森 常太郎
笛 一噌 隆之、小鼓 観世 新九郎、大鼓 佃 良勝
08年 3月 2日13:00~@国立能楽堂
1月に、
氷の神様のお能(氷室)、
翁と大和盆地の神様のお能(三輪)、を見てからというもの、
ずっとバタバタ、
先週の昼間の荷物もまだ残っていて週明け月曜を考えると気も重いけど、
お能らいしいお能も見てないし、
(じゃ、らしくないお能、を見てるわけでももちろんないんだけど)、
いつのまにか春になってきたし、
(先週の、です)日曜日ここはひとつ、千駄ヶ谷の能楽堂、いざ行かめやも。
(きっぷも買ってもらってたし←もったいない(笑))
邯鄲
盧生は一炊50年の夢、ワタシは1時間半の夢。
萬斎演じる宿の女あるじの扇がパンパン、で目が覚めた。
悄然とする舞台の盧生と、客席のワタシ。。
などという読み切られのオチは恥ずかしいので書きません(苦笑)
が、今回の舞台で(1週間たっても)まだことさら印象に残っているのは。。
その1
粟のごはんができるまで、邯鄲の宿屋の枕で見る一炊の夢。
夢での王宮の栄華を極めた舞の華やかさと喧騒から、一転、
戻ったうつつのなにもなさと静寂、とのへの対比。
さささささ、と切戸口から逃げるように退場していく夢のなかの君臣たちの後姿。
どうしてか?と(寝ないで)考えてみる(ほどのことでもないけど)。
この曲は、もちろん人生を悩み思索する盧生、というものが主題ではあるんだけど、
盧生と枕という素材を借りて、それとおなじくらい、ヒトの世の有為転変とその無常、
というものも練りこまれている、と(勝手に)思っているから、
思索+精神系でもあるけど、ワタシにとってはある意味社会+現実系でもあるこういう曲は、
見るこちらの心象や状態、想起してしまう能楽堂の外の世界の風景、
によってかなり印象はブレるんだろう、多分、いや間違いなく。
うつつのよしなしごとは、うつつなのか夢なのか、
当人もまわりも判然とされてないことが多いし、
みんな見切ったら逃げ足、速いもんな。
ってこれ以上書くとわけわかんないものがもっとわけわかんなくなるので、これはこのあたりで。
その2
まだ残る三つの??=あれはなんだったんだろう。
柱を握っての空オリ、
王宮の栄華の舞から一畳台に戻るときの一瞬の停止、
アイが盧生を送り出すときの、これまで聞いたことない詞章「また御参り候へや」
(だったと思うけど)=またきてね~
それぞれに舞台で演じるみなさんが、なんらかの意味を真摯に込めたもので、
それの解釈や是非を見所から、あれこれ推察したりとやかく言うのもそれはそれで意味はあろうけど、
間違いないのは先達の残した「大きな壁」と演者のみなさんが格闘していること、なんだろな。
見所のワタシも正直、昨年の友枝さんの邯鄲と隅田川、が(今風にいえば)ベンチマークとしてアタマに残っていた。
。。舞台も見所(の少なくともワタシ)も、「そういうもの」と取っ組みあっていたのかも、しれない。
夢から醒めて悄然とする盧生。
首から上、だけ見てると悄然とする盧生がそこにいたけど、
胸から下、はまだ「若かった」、ような印象がまだ残ってる。
「時間」、或いは「年輪」が解決するしかしようがないもの、というのがいくつかあるけど、
そのうちの一つなんだ、と思う。
だからこれからも、明生さんの能は見に行く。
鶯
主人に言いつけられて、自分の脇差と主人の太刀をカタに,
(恐らく)刺せもしない鶯を刺そうとして、案の定、果たせず嘆き佇む男。
見所に全方位にして、無数と無限の解釈と思索を「強要する」狂言。
あろうことか、万作の姿は目付柱に隠れて(全く(涙))見えなかったけど、
鶯を刺すまでの「明るい昼間」から、事果たせず嘆くときは「全くの黄昏」になっていた。
。。どこかで視たような風景。 ああ、そうだ、皆既日食、だ。目付柱が月。
隅田川
この曲の季節は「春」、とのこと。
だけど、このどうにも救いようのない絶望感と悲しさは、「春」の曲ではない。
いつ見ても、悲しい。
我が子を人買いにさらわれ、
その子を追い求め京から武蔵下総国境の隅田川までたどり着き、
狂女と嘲られながら乗った船から眺めるのはここで息絶えた我が子の大念仏の供養。
そんな風景なんて、600年を経た今は、舞台を通じてしか体感できない、絶対に。
悔しいというべきなのか、今のうたかたの「安寧」を、感謝すべきなのか。
昨年1月、(ベンチマーク)の印象があまりに強かったもんで、前半、沈んでしまいました。
これは、反省。
囃子方、
邯鄲も隅田川も、舞台の風景にあわせつつ、牽引もする。
よかったと思います。
(あまり本質的なことではないけど)大小、く拍子もよく合っていた、かと。
。。。
と、だらだらつまんないことに思いを巡らせていたら、誰かがワタシの肩を、ぱんぱん。
「お客さん、終点ですよぉ~。起きてくださ~い、カゴハラですよぉ~。」@車掌さん。。。
てなことは断じてない、この日(だけ)は。
って、すんません。1週間も引っ張ったのは、このオチをなんとしても入れたかったんです(ウソ)
(、って、どなたもウソとは思っていただけないか、やっぱり。。(苦笑))
能「邯鄲」 傘之出 喜多流
シテ 粟谷 明生
子方 狩野 祐一
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 工藤和哉、大日方寛、御厨誠吾、殿田謙吉、高井松男
アイ 野村 萬斎
笛 松田 弘之、小鼓 鵜沢 洋太郎、大鼓 柿原 弘和、太鼓 観世 元伯
狂言「鶯」 和泉流
シテ 野村 万作
アド 石田 幸雄
能「隅田川」 喜多流
シテ 粟谷 能夫
子方 内田 貴成
ワキ 森 常好
ワキツレ 森 常太郎
笛 一噌 隆之、小鼓 観世 新九郎、大鼓 佃 良勝
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